私の好きなカバー曲について、第2回目です。今回はポリスの「Bring on the night」とそのスペイン語カバー「Tráeme la noche」。
Bring on the night (The Police) 1979年 アルバム『Reggatta de Blanc』収録
「Reggatta de blanc」=「White Reggae」
歌詞の下地(その1)
「Bring on the night」の歌詞の一部は、スティングがバンド「Last Exit」(スティングがポリス加入前に所属していたジャズバンド)のために書いた曲「Carrion Prince (O Ye of Little Hope)」から再利用されている。さらに「Carrion Prince (O Ye of Little Hope)」は、ポンテオ・ピラトを題材にしたテッド・ヒューズの詩「King of Carrion」(1970年頃出版) から取られている。
ポンテオ・ピラトはイエス・キリストの処刑に関与したローマ総督で、テッド・ヒューズの詩「King of Carrion」は死と空虚、そして権力の無力さがテーマ。
スティングは『死刑執行人の歌―殺人者ゲイリー・ギルモアの物語』(ノーマン・メイラー作のノンフィクション。1979年)を読んで、この歌の歌詞がゲイリー・ギルモアの死の願いにぴったりだと感じ、それ以来「彼を思い浮かべて歌っている」と語っている。
※ ゲイリー・ギルモア(1940年~1977年)
恵まれない家庭環境から窃盗、殺人罪で死刑宣告を受ける。裁判は死刑の廃止の潮流にあったアメリカで注目された。が、過酷な刑務所生活を望まなかったため、弁護士を雇い「死刑にされる権利」を州知事に要求し、結果的に銃殺刑となった。
この出来事が死刑の廃止の潮流にあったアメリカの流れを変えるきっかけに。
歌詞の下地(その2)
「when the evening spreads itself against the sky 」という部分は、1910年から15年にかけて書かれたT・S・エリオットの詩「J・アルフレッド・プルフロックの愛の歌」からの引用。スティングは『Lyrics By Sting』の中で、「悪い詩人は借り、良い詩人は盗む」と言っている。
※「J・アルフレッド・プルフロックの愛の歌(The Love Song of J. Alfred Prufrock, 1915)」は、20世紀モダニズム詩の先駆けとされる作品。伝統的な愛の歌とは大きく異なり、自己意識に苛まれた中年男性が内面の葛藤と不安を語る独白詩
主人公「J. アルフレッド・プルフロック」は、ロマンチックな愛の告白を試みようとしているように見えるが、実際にはその一歩を踏み出す勇気もなく、自意識と不安の中で堂々巡りを繰り返す人物。詩は彼の内面の独白という形をとり、過去の回想、社会に対する違和感、老いへの恐れ、美しい女性たちとの距離感などが、途切れ途切れのイメージで描かれていく。
https://en.wikipedia.org/wiki/Bring_On_the_Night_(song)
歌の背景、重いですよね・・・
Tráeme la noche Gustavo Cerati, Andy Summers 1998年
収録アルバムは『Outlandos d’Americas』A ROCK EN ESPAÑOL TRIBUTE TO THE POLICE
レーベルはARK 21 Records 。マイルズ・コープランド(The Policeのマネージャー。スチュワート・コープランドの兄)のレーベルである。
https://en.wikipedia.org/wiki/Ark_21_Records
アルバムは、Sting以外のポリスのメンバーが参加しており、1998年当時の旬のスペイン語圏ミュージシャンたちによるポリスのカバーアルバムとなっている。アルバムタイトルはポリスファンの方ならピンとくると思いますが、The Policeのデビューアルバム『Outlandos d’Amour』(1978年)のもじりです。
ちなみにOutlandosは、「無法者 (outlaws)」と「特殊部隊員 (commandos)」を結合した造語。
https://es.wikipedia.org/wiki/Outlandos_D%27Americas
Gustavo Ceratiとは
1982年に結成されたアルゼンチンの伝説的スリーピースバンド(The Policeの影響を受けている)、Soda StereoのVo.&G。Soda Stereoは初めて「スペイン語ロック」をグローバルにしたバンド。
歌詞の違い
その1: 空から海へ
英:The evening spreads its sail against the sky
西:La oscuridad tendió su red al mar
オリジナルは「空に帆を張る」
カバーは「闇が海に網を投げる」
sky(スペイン語ではel cielo)だと天国や神のイメージ。だけどそれを避けている?
その2:神様のポジション
英:Just another day / God bid yesterday goodbye (神は昨日に別れを告げた)
西:Dios sabrá porque / Ya es tarde para volver igual (神は理由を知っているだろう)
オリジナルは「神」が時間の区切りを与える存在「過去(昨日)はもう終わった。神がそれを定めた」→ある種の救い、または強制的な断絶を与える存在として描かれている。
カバーでは、神は時間を強制的に区切りはせず、曖昧な立ち位置で描かれている。
その3:夜のイメージ
英:Bring on the night / I couldn’t stand another hour of daylight
西:Tráeme la noche / No puedo estar despierto más sin verla
オリジナルは「昼」=(辛い)現実、「夜」=(現実からの)逃避
カバーはverla=彼女に会う、とも読める(laはnocheを指している)noche=「夜」=官能的な存在
ロマンチックな歌に変わっている?
また、オリジナルは綺麗に韻を踏んでいるが、スペイン語バージョンは韻は踏んでいない。
(スペイン語版 歌詞抜粋)
La tarde suavemente se aleja
La oscuridad tendió su red al mar
La espera entre la sombras
Dios sabrá porque
Ya es tarde para volver igual
Tráeme la noche
No puedo estar despierto más sin verla
Futuros se estrellan ante mi
Enciende las tinieblas de ansiedad
Cada vez más solo me dejo caer
No hay nada que yo pueda hacer igual
(単純な日本語訳)
夕暮れは穏やかに流れ去る
闇が海に網を広げる
影の合間で夜を待つ
神のみぞ知る
今さら戻っても遅すぎる
夜を連れてきて
夜を見ずにはもう目覚めていられない
未来が目の前で崩れ落ちる
不安の闇に火をつける
どんどん孤独になっていき、私は堕落する
私には同じことはできない
まとめ
こうやってみてみると、オリジナルのテーマの重さはスペイン語版には正直感じられない。というか意図的に変えられているように思う。
ポリスのファンの方からしたら、オリジナルの意味を引き継いでいないイマイチなカバーかもしれないが、こういう重たいテーマを曖昧に変えていく手法はGustavo Ceratiの音楽に共通している。
Gustavo Cerati (1959〜2014)は1970年代のアルゼンチン軍政期に思春期を過ごしているが、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで日常的に「汚い戦争」(軍事政権による左翼・一般市民への弾圧、拉致、拷問etc. 被害者は約3万人とも言われている)を経験していた。ある日突然身近な人が拉致により失踪してしまうという日常である。
彼のバンド、Soda Stereoは軍政末期の1982年に結成されているが明確に政治的な歌は歌っていない。
人によってはこれを「軟弱」「意味が薄い」「大衆的」とみる向きもあるようだが、私は逆にここで明確に政治的に歌うことが果たして素晴らしいのかどうか疑問に思っている。
表面的には「軟弱」「大衆的」に見えるが、この曖昧でぼかした何とでも取れるような歌詞は、聴く人に想像を任せる空間を与えている。
恐怖や悲しみを経験し心に傷を負っている人に対して、直接的な言葉で語りかける方法もあるかもしれないが、あえてそれを共通体験として認識し、曖昧な歌詞によって個々人に想像を委ねる方法の方が繊細・洗練された方法なのではないか?と思っている。
爆発的なSoda Stereoの人気は、こういうところにもあるのではないかと思っている。
概して80年代のポップミュージシャンは「軽い」「大衆的」と括られてしまう傾向があるが、本当にそうだろうか?