[スペイン語]ガルシア・マルケスの短編集を読んでみる:その③ El ahogado más hermoso del mundo

[スペイン語]ガルシア・マルケスの短編集を読んでみる:その③ El ahogado más hermoso del mundo

El ahogado más hermoso del mundo(この世でいちばん美しい水死人)

おそらく、この短編中でいちばん(?)興味がそそられるタイトルじゃないでしょうか。

原文は8ページということで、この短編集の中で2番目に短い話ではありますが、前の2話よりも内容をスペイン語で追うのは難しかったです。

妄想を語る

途中からこの水死人の人生を村人達があれこれ想像する場面があります。
この妄想を語っている部分がなかなか大変だった。。。

「条件文」Si~,~

死人の生前の姿をあれこれと想像する、というのは現実ではないことを語っているわけで、
非現実的なことを語るといえば、そう、あのヤヤコシイ「条件文」。

条件文の時制の組み合わせをざっとおさらいしてみると・・・

Jyokenbun

物語は過去形で語られるので、「Si 接続法過去完了, 直説法過去未来完了」がばんばん出てきます。

Pensaban que si aquel hombre magnífico hubiera vivido en el pueblo, su casa habría tenido las puertas más anchas, el techo más alto y el piso más firme, ~(中略)~
(p49 原文)

この偉丈夫がもし村に住んでいたら、家の戸はどこよりも広く、天井はどこよりも高く、床はがっしりした造りになっていたことだろう。
(P58 「エレンディラ」ちくま文庫)

hubiera vivido(接続法過去完了)、habría tenido(直説法過去未来完了)、一気にハイレベルな時制のオンパレードとなりますが、パターンがあるので、物語りを読み進むうちに多少慣れました。
というか、実はまだこの辺は楽なほうで・・・

いきなり現在形!?

しかし、一文一文が長い上に込み合ってきて、時制も点過去、線過去はともかくイキナリ現在形で頭がショート

Lo vieron condenado en vida a pasar de medio lado por las puertas, a descalabrarse con los travesaños, a permanecer de pie en las visitas sin saber qué hacer con sus tiernas y rosadas manos de buey de mar, mientras la dueña de la casa buscaba la silla más resistente y le suplicaba muerta de miedo siéntese aquí, Esteban, hágame el favor, y él recostado contra las paredes, sonriendo, no se preocupe, señora, así estoy bien, ~(中略)~
(p50 原文)

よその家を訪れたときは、半身になってドアを通らなければならないが、それでも戸框に頭をぶつけたにちがいない。訪問先では海牛を思わせるピンク色の柔らかな手をもて余してぼんやり突っ立っている。と、向こうの奥さんが家にあるいちばん丈夫な椅子を探してきて、これでもひょっとすると壊れるかもしれないと心配しながら、さあ、さあ、エステーバン、これにおかけなさい、と声をかける。彼は壁にもたれたまま、いや、奥さん、どうかおかまいなく、このほうが楽なんです、と答える。
(P60 「エレンディラ」ちくま文庫)

う~ん、妄想のなかの会話が現在形。臨場感が出てくる、というような効果を狙っているのか…確かに、この会話文でboboなエステーバンが目に浮かんできます。

妄想の情景が様々な描写で描かれていて、挿入句とかも複雑に入り組んできたりして、なかなか読み通しづらい部分です。
こういうところがわかるようになるには、前後の内容ももっとしっかり把握しないと難しいな、と思いました。

miércoles~何度も出てくる水曜日

作品中には(他の作品にもですが)、よく「水曜日」が出てきます。
この話にも2箇所。

Después de la medianoche se adelgazaron los silbidos del viento y el mar cayó en el sopor del miércoles.
(p50 原文)

真夜中を過ぎるとようやく風もおさまり、生みも水曜日の昏睡に陥った。
(P59~60 「エレンディラ」ちくま文庫)

~(中略), para no andar ahora estorbando con este muerto de miércoles, como ustedes dicen, para no molestar a nadie con esta porquería de fiambre que no tiene nada que ver conmigo.
(p53 原文)

~(中略)、そうしていたら、せっかくの水曜日にこんなご迷惑をおかけすることもなかったでしょうし、自分とはなんの関わりもない水死体という厄介なお荷物のせいでお騒がせすることもなかったはずです。
(P64 「エレンディラ」ちくま文庫)

なんでこんなに水曜日に拘るのか。不勉強で私には理由がよく分からないんですが、やはりキリスト教カトリック教徒が多いコロンビアだからなのか。。

「灰の水曜日(miércoles de ceniza)」という復活祭の46日前に祝われる日が意識されているのか、「聖水曜日(miércoles Santo:聖期間中の水曜日)」なのか、ほんと、「miércoles」って何度も出てくるんですよね。

キリスト教の知識ゼロなので、小説読んでいて不思議に思う部分でもあります。

ところで、あんまり頻出ので辞書(西和中辞典)をひいてみたら、

miércoles
1.水曜日
2.(話)くそ(軽蔑をこめて… de mierda(くそ・・・)というときや憤慨を表す¡Mierda!の婉曲表現として使われる)。
3.(ラ米)(間投詞的に)なんてこった、まさか。

なんと、下品な使い方もあるようで、ちょっと驚きました。¡Miércoles!

まとめ

難しい部分(妄想部分)と比較的読みやすい部分(単なる情景描写)に振り回されつつ、読後は「あ~よくガンバッタ」という感想の8ページでした。
しっかし、こういう話だったとは・・・タイトルからは想像もつかなかったわー。

前に読んだ2話。
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